ダイハツ・ハイゼットカーゴハイブリッド(MR/4AT)【試乗記】
「普通で地味」に価値がある 2005.12.02 試乗記 ダイハツ・ハイゼットカーゴハイブリッド(MR/4AT) ……223万9650円 ダイハツの商用車「ハイゼットカーゴ」にハイブリッド版が登場した。初の市販ハイブリッドカーに軽商用車を選んだことには、深い理由があった。驚くにはあたらない
今回の東京モーターショーの主役は、ハイブリッドカーだった。2年前、2003年のショーでは「ハイブリッドはニッチの技術」というのが欧米メーカーのほぼ一致した見解だったのだけど、すっかり様変わりしたものだ。各社こぞってコンセプトを発表していた。しかし、トヨタとホンダは実際に商品としてのハイブリッドカーを作っていたわけで、これから研究して追いつくというのはなかなかしんどそうではある。
2社以外で地味にがんばっていたのが、ダイハツである。EVフェスティバルで「ミゼットII」や「コペン」のEVを何度か運転する機会があったので、ピュアEVへの取り組みについては知っていた。でも実はハイブリッド車の研究も古くから行っていたことは、初めて知った。1970年に「フェロー」をベースにした試作車を発表していたというから恐れ入る。だから、軽商用車初のハイブリッドの販売を始めたのは、なんら驚くにはあたらないことであるわけだ。
でも、驚いた
とは言っても、さすがに価格には驚いた。ベース車が100万円を切っているのだから、2倍以上の値段だ。外から見れば地味な商用バンそのものだし、内装が豪華になるわけでもない。窓を開けようとしたら手回しだったのでまた驚いた。室内は実用一点張りで、一切の虚飾を排している。後で130万円のタントカスタムに乗ったら、あまりのゴージャスさにたじろいでしまった。「はたらくくるま」は、控えめで慎ましやかなのだ。
問題は、シビアなビジネスシーンでお金を出してくれる企業がどれだけいるのか、ということだ。なにしろ、価格が高い分を燃費の良さで取り返すには、20年かかる計算なのだ。月間販売目標は、25台となっている。個人の需要はほとんど期待できず、想定される主な顧客は官公庁である。あとは、環境への配慮をアピールすることが利益になり得る企業ということになるだろう。
ただ、商用車として必要な性能をおろそかにしていないのは立派である。電池やモーターなどでベース車より約140キロ車重が増えているのだが、荷物の積載量は標準車と同じ350キロを確保している。後席の下にバッテリーを収納しているせいで多少床が高くなっているものの、シートを畳めば荷室空間は広大だ。実用車にとっては、パワーウィンドウなんかよりも荷物の積載能力のほうがよっぽど大事である。
プリウスよりインサイトに近い
運転を始めるのに、特別な儀式はない。キーをシリンダーに差し込んでひねれば、ごく普通にエンジンが始動する。「プリウス」だと、最初はモーターのみで走行するのだが、ハイゼットは常にエンジンがまわっている。ダイハツはトヨタグループの一員ではあるが、ハイブリッドシステムは独自の開発なのだ。モーターの中身は「エスティマハイブリッド」と共通だが、制御技術はまったく異なっている。どちらかというと、ホンダが「インサイト」や「シビックハイブリッド」で採用している方式に近い。
スピードメーターの中にシステムの作動状況を示すインジケーターがあり、アクセルを踏み込むとモーターがアシストしている様子が表示される。4つあるランプがすべて点灯する時間は短く、定速走行に入ればエンジンのみが動力となる。アクセルを緩めると今度はランプが充電中であることを示し、ブレーキを踏めばさらにエネルギーの回生が促進される。ただ、これはインジケーターを見ることでそうと知られるだけで、あっけないほど違和感がない。完全に停車した時にアイドリングストップする以外には、普通の軽自動車との違いは感じることはほとんどないだろう。
地方でも使える
製品企画部エグゼクティブチーフエンジニアの坂本和俊さんにお話を伺った。普通であること、一般のクルマと操作性が変わらないことが、開発にあたって非常に重要だったという。
「なぜ軽の商用車なのか、とよく聞かれます。実は、ハイゼットカーゴではもっと前のモデルから電気自動車やCNGをずっと開発していました。ただ、航続距離とかインフラに関して問題があったんですね。そういうことを解決するのがハイブリッドだったんです。お客さんの期待は、350キロ荷物を載せて仕事に使えるということですから、それ達成することが使命でした。ハイブリッドを選んだのは、今のところ地方でも使えるクリーンエネルギー車ということではこれが一番だからなんです」
「ハリアー」や「レクサスGS」では最上級グレードがハイブリッドとなっていて、トヨタは「ハイブリッド=プレミアム」という図式を浸透させようとしているように見える。認知を広めるために特別感を強調するのも有効な戦略だと思うが、このハイゼットカーゴハイブリッドのように「普通に使える」ことで普及を図ることも同時に必要だ。「地味」なんて書いてしまったけど、これはとても前向きな地味なのである。
(文=NAVI鈴木真人/写真=高橋信宏/2005年12月)
鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。